[ 写真(Photograph) ]
カメラを持ち始めて10年余り
水中写真が撮りたくて、初めて手にしたニコノスXは今尚現役。
しかしながら今まで、水中カメラマンの定め”水没”によって4台のカメラとレンズをお釈迦にしてます。
中古車が買えてしまうほどの金額を海の神様に貢いでるって事です。まさに海の藻屑として....。(泣
それでも、写真を撮り続けていたボクは、やがて陸に上がり、試しにコンテストなんぞに応募したら受賞しちゃったりして、もうそうなりゃーイイ気になって、プロ気分ですよ。
人様の作品を批評なんかして、もう大御所ですよ、大御所。何十年もカメラ握ってる先輩に「斬新さがない」とか「小手先写真」とか言っちゃう始末。もう神です、神。

でもある日、本物プロカメラマンに出会い、その繊密さとモノを言わぬ技術と知識を目の当たりにして圧倒されました。
マジでビビりました。スッゲー!カッチョイイ!。そのカメラマンは、見た目変態っぽい風貌だけど、撮る作品はとても優しく、柔らか―い感じのタッチが多くて、本当下着泥棒っぽい風貌からは、絶対想像つかない作品ばかりでした。
少しの間、その方に従事しながら、商品撮影から舞台写真、学生アルバムの撮影から証明写真の撮影まで叩き込まれたワケです。

よくプロとアマの違いを訊ねられますが、よく分かってないんです。ってか、どうでもイイです。
一応プロのはしくれととして、写真を撮り続けていますが、正直ボクより全然技術も知識も経験もあるアマの写真家は星の数ほどいます。ホントホント。
ただ、カメラマンとして事業者登録してないと、もし事故やら事件やらに巻き込まれ、新聞なんぞに載った時に
「自称カメラマン:ホリワキ容疑者(30)は、昨夜午後11時近くのコンビニエンスストアーでガム1個を万引きした疑いで逮捕された。3000円の罰金もしくは死刑」ってな感じの記事になるワケ。
イヤでしょ。この"自称カメラマン"って言葉。恥ずかしいよね。いや、30越えて万引きやらで捕まるのも恥ずかしいけど、自称って言葉もカッコ悪るぅーっと思うワケです。


さて、つまらん前置きはこのくらいにして(長っ)本題の写真について真面目にお話しましょう。
写真をやってて思う事なんですが、やっぱ写真ってスゴイって事です。
テレビやビデオ、優れた文章でも、たった1枚の写真に勝てない事ってよくあるんです。
早い話、"的"です。写真は、ピンポイントで核心部分を表現することが出来るんです。前置きなしにいきなり"コレッ"って表現できる唯一の表現手段ではないかと思うのです。

「ねぇーねぇーアナタ。」
「なに?」
「浮気してるでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・してねぇーよ」
「コレ」
はいっ終わりです。即、土下座です。
「コレ」って言葉と写真1枚だけで、相手を即死もしくは瀕死に追い込む事ができるのです。
例えが悪すぎですね。

また人は、たった1枚の写真で元気づけられたり、めくるめく想像の世界にひたれる事もできます。

「なぁー、このグラビアの娘ってスタイルいいよなー」
「ウン、いいな」
「もしさ、もしこの娘が付き合ってって言ったらどうする?」
「そりゃー付き合うに決まってるべや」
「だよな・・・・・・・どんな事する?」
「・・・・・・・・そりゃーもう、大変よ。あんな事やこんな事や・・・・・・・・・・」
ってな感じに原点からありえない話でお互いのイメージングワールドを共有しあうのです。
一枚の写真で隣人と幸せな時間を分け合う事ができるのです。いわば平和の掛け橋ですね。
最悪の例えですね。

「記憶を形に」ってキャッチコピーがありますが、そもそも写真は記録の道具だったんです。
それが、時世を表現する道具になり、芸術を表現する道具になっていったのです。

「アナタ、○○ちゃんとは、別れたって言ったよね?」
「あーもうとっくの昔に別れたよ」
「じゃーコレ何?」
「・・・・・・・・・・・記念写真」
「ハッ?」
「いや、確かに○○ちゃんだけど、この写真ってイイ写真だろ。なんかこう芸術的って言うかさ」
「ドコガ!?」
「だよねぇーー」
なんて、芸術と認められない写真もあったりもします。
もはや、例えになってないです。


なにはともあれ、たった一枚の写真が、わずかな時間で人間の感情を激しく揺さぶる事もあるって事で、写真の醍醐味は、ここにあるのではないだろうかと、思っているワケです。

はたして、ボクの撮る写真は、いったい幾つの心を揺さぶることが出来るのだろう.......。